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2023.8.30
2023年3月15日に開催した特別セミナー「2023年の“鉄鋼”市場における重要トピックと新たな動向」。日刊産業新聞の編集局長である植木美知也氏をお招きし、鉄鋼業界における重要な話題をいくつも語っていただきました。
世界経済の低迷などにより鉄鋼需要が落ち込み、中国をはじめとした海外勢との競争が激化。さらに、脱炭素社会の実現に向けての取り組み。 日本が誇る技術力を活かし、量ではなく「質」によって、世界の鉄鋼市場で戦っていくためには?
セミナーレポート前編では、世界を含めた鉄鋼市場の現状と課題を振り返りながら、2023年以降の世界の鉄鋼市場で日本が戦っていくための戦略について解説いただいています。
目次
日本の鉄鋼需要のピークは、バブル期の年間9000万トンほど。その後は徐々に減少しています。近年の国内需要は6000万トンほどで推移。19年度は消費増税の影響もあり、約5900万トンに減少。この20年間でピーク時から約3割減っている計算です。
これは中国、インド、米国に次ぐ世界4番目の規模ですが、20年度は、コロナ禍の影響で5300万トンに急減。21年度は5470万㌧に回復したものの、22年度は5540万トンに留まる見通しです。今後も少子高齢化や住宅着工の減少などの影響で、国内需要は減少していくと予想されています。
日本の鉄鋼生産量(粗鋼生産量)は高度経済成長期に増加を続け、1960年度の2300万トンから72年度に1億トンに増え、07年度に1億2200万トンを記録しました。これが日本の鉄鋼生産量のピークです。その後、18年度までおよそ50年間、安定して1億トン強を維持してきました。
しかし、コロナ禍の影響で20年度は需要が急減。鉄鋼メーカーによる生産調整の結果、20年度の粗鋼生産は50年余り前の水準である8300万トンに減少しています。21年度は回復したものの1億トンに届かず。22年度は再び減少に転じて9000万トン弱となる見込みです。
90年度の粗鋼生産量1億1200万トンのうち、輸出の占める割合は1700万トンと全体の1割強に過ぎませんでした。しかし、バブル後に国内需要が低迷したことで、鉄鋼メーカーは輸出を強化。その結果、日本の鉄鋼輸出量は12年度に4400万トンと過去最高を記録。粗鋼生産に占める輸出の割合は4割強にまで上昇しました。
その後も粗鋼生産の4割程度の輸出を維持。しかし、コロナ禍による海外市場の低迷で22年度の輸出量は前年からやや減少した3200万トン程度となる見通しです。
次に世界の鉄鋼市場の推移を見ていきましょう。22年の世界の鉄鋼(粗鋼)生産量は18億7850万トン。90年代が7億トンですから、この30年間で約2.7倍成長した計算になります。増加分の大半は、中国の成長によるものです。
22年の世界の鉄鋼生産量は中国が10億1800万トンで1位。2位はインドで1億2500万トン、3位が日本で8900万トン、4位が米国8100万トン、5位がロシア7200万トン。中国は、世界の粗鋼生産量の5割強を占めています。
また、中国は世界最大の鉄鋼輸出国でもあります。中国の鉄鋼の輸出量はおよそ7000万トン。大量に原料を輸入し、大量に鋼材を輸出する中国は、世界の鉄鋼価格や原料価格の動向に大きな影響を与える存在です。
世界の鉄鋼市場における中国の躍進を示すのが次の資料です。2010年に世界の鉄鋼生産量トップ20にランクインしている中国企業は5社でした。しかし、2021年では11社がランク入り。鉄鋼市場において中国企業の存在感がいかに増大しているかがわかります。
しかし、中国の鉄鋼生産量は20年度にピークを迎えて以降、21年、22年と2年連続で減少。これは「ゼロコロナ」政策による国内需要の減少、CO2削減のための生産量抑制の影響と思われます。
日本鉄鋼連盟は、23年度の鉄鋼の国内需要は22年度から微増の5600万トン程度と予想しています。徐々に回復しているものの、コロナ以前の水準には戻りきっていないのが現状です。
なお、国内需要における最大の関心事である乗用車の生産台数は、22年で783万台。コロナ禍前の19年が968万台ですので、4年間で2割ほど減っている計算です。
半導体・部品不足による影響は徐々に解消に向かい、生産台数は上向いていくものと予想されます。しかし、23年度前半は依然として生産調整が続き、生産台数も大きくは伸びないものとみられています。
もうひとつの関心事が建設分野。建設分野も大きく回復が見込める状況ではありません。中小の住宅・ホテル建設に関してはいまだ低調です。
しかし、首都圏では大型建築物の建設や大規模な再開発が続き、地方の都市部でも大阪の「うめきた2期」や東梅田、名古屋、広島などで駅前開発が進みます。さらに、災害対策として土木分野で強靭工事が進みます。そのため、建設分野では今後も一定の需要が続くものと考えられます。
鉄鋼輸出は、大幅な回復が見込めない状況です。ロシア・ウクライナ問題の長期化や金融不安による欧米の景気後退や中国の経済回復鈍化が懸念事項です。
こうした状況から、日本の粗鋼生産量も大きく増加することはないと思われます。回復こそするものの9000万~9500万トンの間とみられ、1億トンには届かない見通しです。
バブル崩壊後、鉄鋼業界では業界再編の動きが活発化しました。日本鋼管と川崎製鉄が合併して03年にJFEスチールが、12年には新日本製鉄と住友金属工業が合併して新日鉄住金(現在の日本製鉄)が誕生。日本製鉄は20年に日新製鋼も統合しており、日本国内で高炉を持つ鉄鋼メーカーは現在、日本製鉄、JFEスチール、神戸製鋼所の3社に集約されています。
合併・統合によって各社とも重複設備などを整理し、効率的な体制を構築。しかし、高騰する原料価格と世界最高品質と称される鋼材ながら販売価格が低迷し、コロナ禍前の19年度に高炉3社は大幅な赤字に陥りました。
中国、韓国、台湾などの鉄鋼メーカーの台頭によって、海外の市場競争は激しさを増しています。品質では依然日本が優位であるものの、ボリューム面、コスト面では海外勢に分があります。
危機感を強めた高炉メーカーは構造改革に取り組んでいます。日本製鉄やJFEは高炉の休止を決定し、生産能力の削減を進めています。各社とも数量を追う経営を転換し、商品を高い品質に見合った適正な価格で販売する戦略に舵を切っています。
これにより鋼材の値上げが進んでいます。22年度における日本製鉄の鋼材の平均販売価格は1トンあたり14万9000円程度(同社予想値)。20年度の8万6100円から2年間で1.7倍ほど上昇する見込みです。世界的に見ても高品質の鉄鋼製品を供給しながら、長らく低く陥没していた鋼材価格は大きく改善しています。
今後は、世界市場の動向を左右するカーボンニュートラル分野で世界市場をリードしていくためにも、現在の高収益体制を維持し、積極的に研究開発を行っていく必要があると言えるでしょう。
株式会社産業新聞社 常務取締役編集局長 新潟県出身。1995年東洋大学経済学部卒、産業新聞社入社。 編集局鉄鋼部長や東北支局長、編集局次長、上海支局長などを経て、 2020年常務取締役編集局長に就任。